布引の月に出会う茂木の旅
早いもので、もう9月。この暑さでは、えーうそでしょう、という感じだけれど、暦の上では間違いなく秋が近づいている。去り往く夏が名残惜しいような気もするが、楽しみの多い秋の到来にうきうきするのも本当。「中秋の名月」を粋に愛でる、そんな秋のはじまりもいいなあ…と思っていたところ、長崎市は茂木町に、「月見台」なる、何ともおあつらえむきな、月見スポットがあると知った。茂木の港に浮かぶ月の光が、月見台の足下まで布を引いたように連なって見えるのを、「布引(ぬのびき)の月」と呼ぶそうだ。きゃー、なんてロマンチック…!そんなことを聴いたら、訪ねずにはいられないのが乙女心。中秋の名月の下見よろしく、7月末の満月のある日、茂木の町を訪ねた。
月見台があるのは、子育て・子授けの観音として信仰される、茂木の名所「潮見崎十一面観音」のすぐ隣。観音堂までは144段の石段があり、これが少し大変なのだが、汗をかきかき登って見る絶景に、感動もひとしお。高台からは天気の良い日であれば、島原半島や天草まで見渡せる。
さて。日が沈み、刻々と空が藍色に暮れてゆくなか、海の向こうからゆっくりと月が顔を出す。ぱあっと水面に月の光が落ち、思わず歓声を上げた。「き、きれい…!!」こうして月の出を待って、じっくり月を眺めるなんて、思えば初めてのことかもしれない。月がのぼるにつれ、その光はさらに濃く、まばゆくなってゆく。まさに、「布引の月」…心のもやもやや疲れまでも、すっと浄化されるような幻想的な風景に、しばし時を忘れた。今年の中秋の名月は、9/19。茂木での月夜、いかがだろう。
茂木のまちに、歴史あり
せっかく茂木を訪ねるなら、まちあるきも楽しみたいもの。長崎市街から車で15分程の場所にありながら、茂木には今も、昔ながらの街並みや、興味深い歴史的遺構が多く残っている。
例えば、「茂木」という地名。これはかつて、神功皇后(しんぐうこうごう)が三韓出兵の際、この地で裳(も=衣装)を着けたという故事に由来しており、長崎市内では最古の神社「裳着(もぎ)神社」が、町を見守るように高台に建つ。 裳着神社に向かう細い路地には、古いお屋敷や蔵などが点在していて、これもまた、かなり良い感じ。まちの歴史や由来を知りながら、そのおもかげを辿るように旅をするのは楽しい。さながら、歴史学者や民俗学者のフィールドワークの気分なのだ。
すこし歩き疲れたところで、〈茂木一○香本家(もぎいちまるこうほんけ)〉へ。一○香は弘化元年(1844年)創業。中が空洞の素朴なお菓子「一口香(いっこっこう)」や「茂木びわゼリー」でおなじみのお店だ。7代目の榎社長と、娘さんの梅村さんに、お話を聴く…と、出てくる、出てくる、茂木の興味深い歴史の数々!大好きな竹久夢二が茂木の「湊屋」という宿に滞在したとか、イギリスの雑誌「Illustrated London News」(絵を豊富に使い、テレビのような役割を果たした雑誌)の特派員兼画家、チャールズ・ワーグマンが、1861年に来日した際の絵に、当時の一○香が描かれているとか。長崎の女傑の一人に数えられる「稲佐お栄」こと道永エイが開業した、外国人のためのホテル「茂木ビーチホテル」が、今のSマートの場所にあったとか…。さすが、この地で170年近い歴史を持つ店。古い地図やら資料やらを広げて、あれこれ盛り上がる。店内には、一口香の古いパッケージや、お菓子の木型、一口香の焼き上げに使っていた窯など、貴重な資料もいろいろ。散策の途中に立ち寄れば、茂木のまちをより深く楽しめること間違いなしだ。
やっぱり、オロンも行かなきゃね
茂木には、昔ながらの食堂やら、天ぷら屋さんやら、銭湯やら…たたずまいも何だか素敵な、素朴なお店がたくさんある。全部は紹介できないけれど、やっぱり〈オロン〉は外せない!いつお邪魔してもお客さんはひっきりなし、35年近く茂木の町で愛されるパン屋さんだ。フランス国旗がたなびく、可愛らしい店構えも、店に漂う美味しい香りも、マスター・浦川さんと奥さんの元気いっぱいの挨拶も…。全部がオロン、という感じで、幸せな気持ちになるのデス。朝6時半から開いているというのも、いい。遠方からわざわざ買いに来る人もいるくらい人気のお店なのに、茂木でできる範囲、機械に頼らず手づくりできる範囲で続けているのも、いい。
ああ、まだまだ伝えたりない茂木の魅力……ぜひ、足を運んでご体感を!
コメントを投稿するにはログインしてください。