鯨の潮吹き、復活です。
10月―今年も、長崎っ子が胸を熱くする特別な三日間、長崎くんちがやってくる。今年奉納される演し物の一つ「鯨の潮吹き」は、万屋町だけの演し物。7年に一度きりの出番とあって、期待に胸膨らます人も多いだろう。
そんな鯨の潮吹きを模した郷土玩具があることをご存知だろうか。その昔くんちでは、鯨や傘鉾などをかたどった玩具が売られ、土産物を求める人々で賑わったそうだ。しかし時代の流れと共につくり手も減り、30~40年前ついに廃絶。その姿を見ることはなくなった。
ところが2012年、廃絶していた玩具の鯨が息を吹き返した。復刻を手がけるのは、長崎県出身の作家・前田真央さんだ。美術系大学を卒業後、上京。一度は会社に勤めたものの、打ち込める“何か”を探していたという前田さん。その何かを探し求める中で、改めて地元・長崎に目を向けた際、めぐり会ったのが「トンチンカン人形」だった。かつて長崎で土産物として売られていた、故・久保田馨氏によるユーモラスな土人形…その造形の面白さに衝撃を受けた前田さんは、土人形や郷土玩具について、書籍や実際に旅をしながら、調べていったという。そしてついに出会った、長崎唯一の“張り子”玩具、「鯨の潮吹き」。その実物を目にした時、「必ずこの鯨の潮吹きを、復刻させる!」と心に誓ったそうだ。
郷土玩具の魅力を伝えたい
とはいえ、既に誰もつくり手のいない玩具。手取り足取り、制作方法を教えてもらえるようなものではない。前田さんはまず、張り子作家に師事。鯨復刻のため、張り子の技術を学んだ。と同時に、今は亡き鯨の潮吹きのつくり手である、故・中山善蔵氏のご家族を探し続けたという。その後、やっとのことで善蔵氏のご家族を見つけ、復刻への想いを伝えた前田さん。「鯨の潮吹き・善蔵型」はこうして若き職人へと受け継がれた。
「部品も多く、恐ろしく手間と時間がかかる…一度無くなった理由が、つくってみてわかりました」と話す彼女。手の平に乗るほどの小ぶりな玩具だが、振り子状にゆらゆらと揺れるヒレや、山車の車輪、トレードマークの潮吹きまで、とにかく仕事が丁寧で細かい。「郷土玩具は繊細で美しいものもあれば、素朴で稚拙なものもある。でも、どれもが不思議な魅力を持っていて、その郷土の人々の“力”を感じさせるんです」と、魅力を語る前田さん。数十年も前に廃絶した玩具が、たった一人の女性の手によって、7年に一度の奉納に申し合わせたかのように甦る…そんな物語を知れば、前田さんの語る郷土玩具の“力”を、深く信じずにはいられない。
前田 真央 Maeda Mao
長崎県松浦市生まれ。2009年に郷土玩具作家を志し、2011年荒井良氏に師事。2012年に念願の「鯨の潮吹き」復元を果たす。現在、技を磨きながら、廃絶郷土玩具の復元や作家活動を行う。
●「鯨の潮吹き」の取り扱い
〈たてまつる〉長崎市江戸町2-19 TEL:095-827-2688 他
一つひとつ手づくりのため、在庫切れの場合あり。
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