「出島」のおはなしvol.1
訪れる前にチェックしたい!出島“キホン”のおはなし。
長崎は、幕末期を含め歴史の舞台に多く登場する都市ですが、その多くはこの出島によってもたらされた部分が大きいと言えます。もちろん、それ以前の中国を中心に諸外国から由来した文化も見逃せない重要項目ですが(詳しくは興福寺のおはなしをチェック!)、和華蘭文化とも呼ばれる和・洋・中の折衷文化は、鎖国時代のオランダとの交流の深さによって確立してきたものだとも言えるのではないでしょうか。
江戸の鎖国時代、対ヨーロッパとのやり取りができたのは、この出島のみ。出島に集約された当時最新の文化が、長崎を唯一無二の風情へと変えていきます。独特に変質していったまち・長崎を、出島を通して見つめてみましょう。
出島は1634(寛永11)年より2年の月日をかけて、 江戸幕府が出島町人と呼ばれる長崎の有力商人25人に出資させて作らせたもの。その建設費は、今の金額に換算すると約4億円にほどになるのだとか。元々は、ポルトガル人たちのキリスト教の布教を阻止するために、彼らを収容するために建設したものでした。後にポルトガルとの貿易断交、そしてオランダ商館がこの出島に移設することになっていきます。鎖国によって貿易が閉ざされた約200年間の日本にとって、出島は唯一ヨーロッパに開かれた窓口になります。
そして、現在の出島は――
明治以降、出島周辺・長崎港は埋め立て工事が度々が行われ、その姿かたちが大きく変わっていきます。出島も元は扇形の島をなしていましたが、現在は内陸化しています。長崎市は1951(昭和26)年から、出島の復元整備に動き出しています。復元整備事業は3段階に区分けされ、建物などの復元を続けており、最終的には四方を水面で囲み、19世紀初頭の姿を完全に取り戻す計画があるのだとか。
2017(平成29)年11月に出島表門橋が、約130年ぶりに架けられたのも記憶に新しいですよね。
長崎観光の隠れたポイントとして橋にも注目してほしいので(めがね橋のおはなし参照)、こちらの橋も要チェックですよ!
名称 | 出島 |
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アクセス | JR長崎駅から路面電車(崇福寺行乗車)利用5分、「出島」電停下車、徒歩すぐ |
駐車場 | 周辺にコインパーキングあり |
お問い 合わせ | TEL:095-821-7200 |
備考 | 【営業時間】8:00~21:00(最終入場 20:40)※無休 【料金】大人 510円、高校生200円、小・中学生100円 |
場所 | 長崎市出島町6-1 |
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