魚や鯨は単なる食材ではない
連綿と続く文化のキーワード
新鮮な魚介を食す
長崎ならではの幸せ
先日、仕事で長崎魚市の取材をさせていただく機会がありました。少し早めに着いたので、魚市名物の食堂で、鯛のアラ汁を注文。濃い目の味噌汁には身のついたアラがどっさり、箸でほぐしながら淡白な旨みを満喫し、朝から気分も上がりました。
聞けば、こちらの長崎魚市は産地市場としては日本一の広さだそうで、水揚げされる魚種の豊富さも日本一。水産県長崎の大看板は健在なんですね。「寿司ネタはマグロ以外は全部揃う」というのが長崎の自慢でしたが、最近は五島や対馬でマグロの養殖も盛んですから、すべて地元産の魚でコンプリートできちゃう、極めて稀な土地柄なのです。
そんな長崎の魚種の豊富さをリアルに実感できるのが、『グラバー魚譜200選』。これはトーマス・グラバーの息子である倉場富三郎が編纂した『グラバー図譜』の801枚からセレクトしたものです。明治初期、トロール漁法を取り入れた長崎の漁業は飛躍的に発展し、長崎港に揚がる魚の種類も多彩になりました。その日揚がった魚をグラバー邸まで運ばせ、画家5人に描かせたという富三郎氏の偉業もさることながら、期待に応えて精緻な筆遣いで魚を描いた長崎の画家たちの情熱も大変なものです。
とはいえこの『グラバー魚譜200選』は1冊3万5千円(税抜)。美しい魚の絵を飾りたい、でもその値段では手が出ない。買い求めたとしても、とてもバラす気になれない……そんな魚ファンのために、長崎文献社のアンテナショップ「ブック船長」では、昨年から1枚1枚バラ売りを始めました。七色に輝くニシキエビ。細かな斑点が芸術的なカレイ。翼のような赤いヒレのミノカサゴなど、1枚500円~1300円でよく売れています。買い求めるのは、水産業関係者だったり居酒屋の大将だったり、学生や外国人観光客にもウケています。
鯨にうるさい長崎人には
一番高く売れる部位を出す
魚だけでなく鯨も長崎人にはなくてはならない存在です。鯨肉=赤身のイメージですが、長崎の食卓には、もっといろいろな部位が上がります。
霜降りの尾の身を生姜醤油で。百ひろ(小腸)は味噌ぬたでこってりと。珍味のさえずり(舌)はわさび醤油で。畝須(あごから腹にかけての縞模様)は薄切りでしゃぶしゃぶも絶品。軟骨におばけ(しっぽ)など、それぞれ歯応えも味も違うし食べ方も違います。
東彼杵町は昔から鯨を解体して流通させていましたが、一番高く売れる部位は長崎に運ばれていったのだそうです。口が肥えているんですね。その流通経路「くじら街道」の途中にあったのが、時津の鯖くさらかし岩。岩が落ちてくるのではないかと下を通るのを躊躇して「鯖が腐れてしまった」のが名前の由来らしいのですが、鯨なら大丈夫。長く持つようにしっかり塩漬けしていましたから。
そんな話が紹介されているのが、長崎の老舗の鯨商を営む日野浩二氏が書いた『鯨と生きる~長崎のクジラ商 日野浩二の人生』。鯨文化をはじめ、鯨の本格的な食べ方、海外での買い付けの話など、当事者ならではのエピソードがてんこ盛りです。
今でも長崎ではお正月に「うちは鯨のあるけん、遊びにおいで」が魅惑的なお誘い言葉。また、生月島はカクレキリシタンの里でもありましたが、鯨漁が盛んだったため財力があり、禁教下においても他とはずいぶん事情が違ったという話も聞いたことがあります。
単に食材としてだけではない、まるごと文化といえるのが、長崎人と鯨や魚との関係性なのです。
鯨の本当の美味しさを
君はどれだけ知っているか
文・川良 真理
〈長崎文献社〉副編集長。
中通りの〈長崎文献社〉アンテナショップ書店「ブック船長」にも時々出没します。
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